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[ 作品について ]

アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ
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ロシアの作家、医師。1860年、南ロシアのタガンローグ生まれ。モスクワ大学医学部に入学すると同時にユーモア雑誌に寄稿を始め、デビュー作からすさまじい勢いで作品を書きまくり、44歳の短い生涯で580篇もの小説を残した。戯曲は17本書き残し、『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』は四大戯曲と呼ばれる。誰が読んでも悲劇である戯曲に「喜劇」と銘打ったことで知られ、長く研究者を悩ませてきた。「誤解に始まり、誤解に終わる」と自らの戯曲の運命を語ったように、一見にぎやかなダイアローグの中に、かみあわぬ台詞、相手に届かぬことば、成立しない対話など人々の孤独や孤立、通い合うことのないこころを際立たせる。事件らしい事件が起こらない人々の日常を描く「静かな劇」の中に非情な世界を垣間見せるチェーホフの戯曲は、没後100年以上を経た今でも世界中で上演されている。

『かもめ』

作家志望のトレープレフと女優を志すニーナ。美しい湖を背景にさまざまな恋が織りなす人間模様。かつての恋人の前に現れたニーナの謎めいた言葉。「わたしはかもめ」。さて、それぞれのかもめは飛翔するのか。チェーホフも自認する恋、恋、恋だらけのお芝居は1896年、ペテルブルグのアレクサンドリンスキー劇場で初上演された。演劇史に燦然と輝く名作。

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『三人姉妹』

1901年、モスクワ芸術座で初演。ロシアの片田舎に暮らす三姉妹。父親の喪が明け、それぞれに新しい生活を求め、かつて暮らしたモスクワへの思いを募らせる。様々な人々との会話を通して、幻想が打ち砕かれ、むなしく潰えていく言葉の残骸。三者三様の心模様が揺れ動く。終盤、三姉妹の一人、オーリガの台詞の中に「顔も、声も、」ということばが登場する。

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『桜の園』

出典:

浦雅春『チェーホフ』(岩波新書、2004年)

チェーホフ『かもめ』浦雅春訳(岩波文庫、2010年)

チェーホフ『三人姉妹』小田島 雄志訳(白水uブックス、1999年)

チェーホフ『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』浦雅春訳(光文社古典新訳文庫、2009年)

チェーホフ『桜の園/プロポーズ/熊』浦雅春訳(光文社古典新訳文庫、2012年)

美しく咲いた桜の園に5年ぶりに当主ラネフスカヤ夫人が帰ってきた。彼女を喜び迎える屋敷の人々。しかし、広大な領地はまもなく競売にかけられることになっていた。一連の悲劇を「ドラマではなくコメディ」と言い切り、演出家・スタニスラフスキーを混乱に陥れた。1904年、モスクワ芸術座で初演後、病状が悪化したチェーホフは療養中のドイツで死去。まさに命を削って書いた最後の作品。

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イラスト:浜井 美樹

illustration: Miki Hamai

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